世界一周14日目〜エルサレムはだれのもの?

こんにちは。

 

ユウキです。

 

世界一周27日目、14日目のことを書いています。

この2週間ビハインドが縮むどころか開いていく気もしますが、それも流れに任せるしかないと思う今日この頃です。

 

身軽になるために旅に出たのに、かえって義務感に押しつぶされそうになっては元も子もないですもんね。

旅をすると、毎日の中でその瞬間その瞬間に、何が大事で何が大事でないのかをよく考えるようになります。

 

“月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也”とはよく言ったもので、日々の記録をつけ始めてから、

毎日こんなにたくさんのことが起きて、またそれが知らず知らずに記憶の隅にしまわれ、埃をかぶっていくことに驚きを覚え、

もはや呆れてしまうほどです。

 

轟音の滝のように流れていく時の中で雫を掴むように、僕たちの切り取った瞬間がいつかどこかでだれかの役に立つことを祈りつつ、ただ流れの中に両手を差し出し、立ち尽くす日々です。

 

さて、この日はとうとう、ヨルダンを抜け、イスラエルの首都エルサレムへ。

 

最初の一週目でユダヤ人にお世話になり、二週目でアラブ人にお世話になった僕たちでしたが、ここまででどちらも一長一短、日本人と同じようにいいところもあればよくないところもあり、しかし結局のところどちらも好きになりました。

 

しかしここエルサレムでは、その共存が彼らの逃れられない課題として目の前に提示されているところ。

特に何か起こったわけでもないのに、なんとなく落ち着かない雰囲気がありました。

エルサレムの街は”アラジン”の映画に出てくる街のような迷路で、正直、どこかで誰かが刺されたり撃たれたりしても隠れられてしまうような、そんな雰囲気を感じました。

曲がりくねる小道を進み、時に袋小路で、時に兵隊による封鎖で、何度も小道をぬいながら直線距離で徒歩10分足らずの距離を小一時間かけて聖墳墓教会へたどり着きました。

 

ここはイエスキリストが蘇った墓の上に建てたとされる教会。

聖地、聖地、と言われていますが、別にそこに行けばキリストに会えるわけでもなければ、

もちろんクリスチャンとして一生に一回はそこに行かないといけない、なんて規則もありません。

こういう言い方は顰蹙を買うかもしれませんが、そこにあったから立ち寄っただけ。

正直なところ、行って見たい気持ち半分と行きたくない気持ちが半分でした。

というのは、前述した通り、そこに行ったからと言って、自分の信仰に大きな変化がある予感もなかったし、

実際に行ったことのある人たちから聞いたのは、

「大勢の人がなんか必死に墓に向かってお祈りしてて、正直ひいちゃった…」という意見ばかりだったからです。

もっと言えば、「彼らはキリストに祈っているのか、建物に祈っているのかわからなかった」なんて意見もあり、

僕もその意見に同意するところがあったからです。

しかし同時に、一見、文化的に、地理的に日本からは遠すぎる聖書の舞台をこの目で見ることで聖書の世界がより立体的に、

現実的に感じられる、という意見もあったので、それが行って見たい気持ちの半分でした。

 

さて、人知れずそんな葛藤を心に抱えたままたどり着いた聖墳墓教会でしたが、なんとこの日は閉まっていました。

理由としては、イスラエル政府の課税に対して教会側が抗議したことが原因だとか。

僕たちが到着したのは2月26日でしたが、教会が閉じたのは25日。

たどり着いた時点で僕たちにはどうすることもできませんでした。

 

教会前ではたくさんのクリスチャンと思われる方々がため息混じりに座り込んでいたり、しかたなく閉館している教会の前でツアーの旗をかかげ集合写真を撮っていたり、地元のTV局が報道に来ていたり、なんとも言えない光景でした。

僕個人として、この状況をどう感じたかというと、

「(大事なのは)場所じゃない」

という回答を明確に示されたように感じました。

 

「もし、聖書の舞台に足を運ぶ(巡礼)必要があったとして、実際に運ばずに外国の地でなくなったクリスチャンの中にもたくさんの信仰者はいるし、プラスになりうることだとしても、必要だと言えるかといえばそうは思わない」

というドライな自分と、

「いや、今はそうは思っているかもしれないが、実際に行ってみたらはるかに大きいインパクトで考えを改めるかもしれない。それが今後の大きな変化に繋がるかも。」

といい意味での期待の裏切りを期待している自分とがいましたが、

キリストに「わたしがいるのはそこ(聖墳墓教会)じゃないよ」と言われている気がしました。

 

もちろん、人によって捉え方はたくさんあるし、僕の意見がすべての人に適用できるかといえば決してそんなことはないと思いますが、”行ったけど入れなかった”というパターンは僕にとって最高のものでした。

変な落胆をする必要もなければ、ずれたところに期待を置くこともなかったし、それでいて、この目で聖書の世界の跡地を見ることができたのですから。

そして、過去に起きたことの重要性に目を向けるよりも、今現在に目を向ける必要があると語りかけているかのようなことがこの国にはたくさんありました。

 

面白いことに、国、言語、文化、人種、なにが変われど、人は人。

どこに行っても神様がかならず提示している宿題があります。

そして問題の形は変われど、いつも選択肢は2つのみで、争うか、和解するか。

日本も隣国との間にこの試練があるように、イスラエルという国もまた形を変えて同じ問題を同じ先生から出されている、

そんな気がしました。

 

さて、聖墳墓教会に入れなかった僕たちはどこともなくエルサレムの旧市街をぶらつき、ダビデの塔という遺跡兼博物館へ。

ここはエルサレムが数千年に渡って様々な国に統治されてきたその歴史と変化を時系列で追える、大変興味深いところです。

あいにく、ここに来るまでその存在すら知らずノーマークだった僕たちは時間内にすべてを見ることはかないませんでしたが、時間というダイナミズムのを通して視点を変えて見ると、見えて来る景色が変わります。

 

エルサレムは誰のものか、

という正当性の主張が長年続きながらも、全員が納得できる形で決着がついていないのは、

もしかしたら、エルサレムはそもそも誰のものでもなくみんなのものだからという気がしないでもなりません。

聖書の中では、神が住むところ=天国というオリジナルがあって、エルサレムはそのレプリカに過ぎないとあります。

天国が人種や国籍問わず誰でも行けるところなら、エルサレムもまた、そうあって欲しいと願います。

逆に、天国が人種や国籍限定のものだったら、それを天国と呼ぶこと自体矛盾です。

 

さて、こんな風に、ちっぽけな自分では理解しきれず、考察を出すことがやっとな状態が長く続くと、体の方が先に悲鳴をあげるものです。

脳も体も疲れた僕たちは、イスラエルのとびきり大きいイチゴを買い、ホテルへ戻りました。

このイチゴ、ひとつひとつが日本の倍のサイズ、1パックあたりも倍サイズで、価格は日本より少し安いくらい。

10シェケル(=300円くらい)

これが飛び切り美味しくて、甘くてジューシーで、噛むと水分が床に飛び出るくらいです。

 

 

そして、夜ご飯にKFCならぬAFC(アラブフライドチキン)でチキンライスを買い、久々の米に心踊ります。

正直、本家本元?のKFCより美味しいです。

小難しいことを考えた後は、こうやって何も考えずにできることをして休まなければなりません。

 

なにげなく、TVをつけてみるも、ほとんどがアラビア語でわからず…

まわしているとアラビア語ではあるもののドラゴンボールがやっていて、言葉がわからないのにストーリーはわかるという奇妙な現象が起きました。(ベジータ編だった)

 

さらにまわしていると、NHK Worldという、まさかのエルサレムでNHKをみるはめになり、大分は別府の温泉特集をやっていました。

海外に出るといつもなぜか、日本が恋しくなるような、日本の良い側面を新しく知ることになります。

本当なら、憧れの地エルサレムにいて、「明日はここに行ってみようよ!」とか思うであろう時間を、僕は、

「別府ってICでも温泉の匂いがするんだよなぁ。いいなぁ、日本帰ったら温泉巡りとかもいいなぁ。」とか思って、

心ここにあらずのまま眠りについたのでした。

 

 

 

 

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