こんにちは。
ユウキです。
さて、15日目にあったもうひとつの大きな出来事。
ホロコーストミュージアム元副部長のミナ・ヤンコさんにインタビューしてきました。
もともと、エルサレムに着いた日に友達がそのまた友達のFacebookの投稿をシェアしているのを見て、
「もしかして連絡してみたらインタビューできるんじゃないの?」という話になり、
突撃でアポを取ったのがその翌日。
この日はエリコから車でエルサレムに戻り、エルサレムミュージアムの前で待ち合わせでした。
着いてすぐに日本語で歓迎してくれたミナさん。
現在の職場(ボランティア)である、ヘブル大学のボタニカルガーデン(植物園)でインタビューをさせてもらいました。
何度か日本に来て講演をされているということで、伝えたいことが明確に決まっていて、溢れ出ていました。
ユダヤ人大量虐殺のホロコースト、もちろん歴史的な悲劇であることを忘れてはいけないのですが、
その悲劇の陰にはたくさんの人がユダヤ人を助け、生き延びてきた人たちもいることを後世に伝えていきたい、
どんなに追い詰められた状況でも人を助けることができる、とコメントされていたのが印象的でした。
日本人とユダヤ人というと、日本で暮らしているとあまり接点を感じないかもしれませんが、
実は外交官でリトアニア領事館を任されていた杉原千畝という方もたくさんのユダヤ人を助けた方です。
つい最近、唐沢寿明さん主演の映画も公開されたばかりですので、気になる方はぜひお近くのレンタルショップでDVDを借りてみてください。
ちなみに、ミナさん、大の日本ファンでちょこちょこ来日されているそうなので、帰国イベントの際に呼べたらなぁなんて考えています。
実現するといいですね…
さて、インタビューを終え、エルサレムミュージアムへ。
このミュージアムは文字通り、エルサレムという地の歴史数千年を追う、かなり大容量のミュージアムです。
近年では、パレスチナ人が住んでいたところにユダヤ人が入植したのが今のイスラエル、
という観点でもちろん間違ってはいないのですが、その以前には何度も部族・民族・帝国支配の移り変わりがあり、
その事実を加味せずパレスチナ、ユダヤの部分だけ切り取って見てしまうとどうしても偏った視点になりがちです。
数千年の移り変わりのダイナミズムを見て、かなり圧巻でした。
ちょっと立ち寄るつもりが、気づいたら閉館時間ぎりぎりまでがっつり見ていたので、レストランも閉まってしまい、
ホテルに帰って聞いて見ると、ホテルで食事を出してくれることに。
メニューもなく、レンチンの音も聞こえましたが、お腹ペコペコの僕たちは感謝しながら食べました。
しかし、これには大きな落とし穴が待っていたのです。
食事を出してくれたおじさんはニコニコしながら「100USドル!(11000円)」と言われ、
これにはさすがに冗談を言ってきたのだとわかり、
笑いながら「本当はいくら?」と聞き返すと、
「100シェケル!(3000円)」と言われ、
これにも笑いながら「本当はいくら?」と聞き返すと、
さきほどのおじさんの笑顔はそこにはなく、冷淡に「100シェケル」と返ってきました。
一瞬凍る空気。
ちなみに近くのAFCでは2人でも食べきれないほどの米とチキンのセットが20-30シェケル。
ユダヤ人経営のファンシーなレストランでも高くて1皿60シェケルくらい。
例えて言うなら、日本のコンビニで売ってる冷凍食品2皿に3000円と言われた感じです。
それでももう、疲れ切っていて、おじさんの圧が半端なかったので、いやいや100シェケル払うことに。
ヨルダンで、物を買う前に値段交渉という鉄則を学んでいたはずが、ここはイスラエルだから一定料金と思い込んで気が緩んでいました。
もう今日は寝よう…
そう思いながら頼んでいたランドリーサービス(洗濯物)を取りに行くと、
まさかの「80シェケル(2400円)」と言われ、さすがにこれには抗議しましたが、
結果的には払うはめになりました。
いろんなサービスがFreeと記載されていた横にランドリーサービスと記載されていて、
何も考えなかったらこれも無料のサービスなんだな、と思う文面。
それに部屋のクオリティに比べ結構高めの値段設定だったので、
「そういうのが諸々ふくまれてこの値段か」と思い込んでいました。
Freeと書いていてもしっかりFace to faceで、言葉で、確認すべきでした。
くたくたなところに、わずか30分で数日分の資金180シェケル(5400円 = 10食分くらい)が飛んで行ったこの日、
僕たちはもう何度目かわからないアラブショックを食らったのでした。。。
つづく