世界一周16日目〜キリストの故郷?

こんにちは。

 

ユウキです。

 

さて、今日は世界一周30日目、ちょうど1ヶ月の節目を終えて、3カ国目キプロスを離れ、午後にはイタリアに飛びます。

昔はよく、「世界中を飛び回る仕事がしたい!(かっこいいから)」と思っていましたが、やって見て思うのは、「日本が恋しくてたまらない」ということ。

小さい頃にディズニーランドでスプラッシュマウンテンに乗った時に、泣きそうでしたが、最後の”締め”の話がすごく印象的でした。

“幸せの国”(的な)を探しに行ったうさぎどんですが、あれこれあって、

最終的に、”我が家に勝るものはない”(的な)と言っていたのを覚えてます。

しかし、なんだかんだ、うさぎどんが一度も外へ出て見なかったらそう悟ることもなかったんじゃないかと思います。

“幸せの国”を探そうとして自分のテリトリーから一歩踏み出したことによって、期待とは違う形で、”幸せの国”を見つけたわけです。

海外に出て日本の素晴らしさがわかるというのはそれに近い感覚かもしれません。

あるいは、たまたま行った国が、日本とは違う形で”国”を形成して、故郷から追い出された人たちのコミュニティだったのを見て、ずっとその地に根を張り文化を育てて来た日本が恋しくなっただけかもしれません。

 

そんなことを思いながら、今日もはるか昔の記憶のことを書きます。笑

世界一周16日目のこの日は大移動の日。

エルサレムの宿を出て、荷物を車に詰め込み、南に30分(実際は渋滞で60分)、イエスキリスト生誕の地ベツレヘムへ。

よく、クリスマスになると流れる讃美歌に登場するこの地ですが、今はどんな感じなんでしょう?

 

そうこう思いながら何気にFacebookを見ると、ヨルダンの安宿で出会ったはやとくんとめぐみさんがエルサレムに来ていると情報をキャッチ。

メッセージを送ってみると、この日は同行して一緒にベツレヘムに行くことに。

 

一応、先日のエリコもパレスチナ自治区と言いながらボーダーはごくユルだったので、ベツレヘムもそんな感じじゃないかと思いきや、調べてみると、かの有名な分離壁があるというとのこと。

キリストの生誕地を見たい気持ちもありましたが、同じくらい、その壁をこの目で見てみたいという気持ちもありました。

 

そして、車を走らせると、いきなりどどんと出てくる例の壁。

みんな言葉をなくしました。

近くで見るとかなり長く、高く、まるで万里の長城みたいです。

 

結構迷いながらたどり着いたのは、観光バスがとまるシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)の前。

街というにはあまりにもなにもなさすぎると思ったら、それは旧約聖書に出てくるラケル(Rachael)の墓の上に作ったシナゴーグだそうで、ユダヤ教の方々が祈りに来ていたり、観光バスが停まっていたのはそのためでした。

(ちなみにラケルさんというのは、初代イスラエルの父ヤコブ(のちにイスラエルと改名)の奥さんです。)

 

10mくらいはあるでしょうか、近くに立ってみると結構高い壁の横を走りながら、別のゲートへ。

エリコと違ってしっかりゲートがあり、マシンガンを持った兵隊さんたちが車一台一台チェックしてます。

実際、このゲートの前で数十メートルの距離を30分近く待たされました。

 

しかし散々待たされた割には、日本のパスポートを見せた瞬間、どうぞ、と一瞬。

害無しの国(と多くの国で思われている)日本のパスポートの威力です。

 

2個目のゲートを越えてすぐ見えてくるのが、名前は忘れましたが有名なアーティストが始めてその後たくさんの人が書き足していった壁のアート。

近くで見るとかなり迫力があります。

 

しかし、その壁の前で、壁を目玉に商売している人たちもたくさんいました。

その真意を話して聞いたわけでありませんが、なんというか、必死さがかき消されているような、メッセージ性が弱まってしまっているような、そんな印象を受けました。

事実、ベツレヘムは世界遺産にも登録され、イスラエルの一大観光地の一つ。

建物も綺麗だしおしゃれだし、なんというか…リゾート地みたいです。

経済的な困窮もまったく感じません。

というか心なしか、ヨーロッパのカフェのようなゆとりさえ感じます。

このイメージと現実のギャップはなんなのでしょう…

 

とりあえず、キリストが生まれたと思われる場所に建った教会が世界遺産に登録されていて、

一番の目玉っぽい雰囲気を醸し出していたので、そこに行って見ることに。

またしても、大量のツアー軍団。

完全にただの観光地と化した教会、そして金ピカの装飾、

いろいろな考えがあってのことかもしれないので僕の稚拙な理解では追いつかないだけなのかもしれませんが、

僕が聖書を通して知っているキリストとはほど遠いような場所でした。

なんでしょう、ふと書きながら思ったのですが、

今回の旅は思い返すと、イメージと現実のギャップを埋める旅だったのかもしれません。

聖書の中の世界と、現在のそことは地理的に同じでも変わり果てた姿で、特に思いをはせたり込み上げてくることはありませんでした。

良い意味で感動がなかったことにより、「行けば何かが劇的に変わる!」という憧れがなくなり、冷静に今を見ることができたように思います。

あくまで個人の感想なので、行って見て聖書やキリスト教に対する価値観が変わる人もたくさんいるとは思います。

 

さて、この日は大移動の日。

このあとにテルアビブでインタビューを一件、そして夜にはさらに北上してハイファへ昇るという強行スケジュールだったので、

ベツレヘムに長いはせず早々と脱出。

国境(?)付近での渋滞も足早になる理由でした。

 

しかしその懸念は的中し、ゲート付近でまたしても30分近くまたされるはめに。

この時点で遅刻確定。

 

さらに途中、大きな渋滞で1時間遅れでテルアビブに到着。

約束の時間から大きく遅れた上にwifiもなかった僕たちは、インタビューの待ち合わせをしていたJamilさんに申し訳ないやら焦りやら入り混じった気持ちでとにかく連絡するためにwifiを探します。

 

やっとwifiが繋がり連絡できた時には、もうJamilさんは別の場所に移動してしまっていました。

 

はぁ…。

 

落ち込む僕たちに一通のメッセージ。

「少し待ってて。今そっちにいくから。」

 

そう言って、遅刻したにも関わらずわざわざジムでのトレーニングを切り上げ、着替え、走ってやってきてくれたJamilさん。

優しすぎます。。。

Jamilさんは、このインタビューをした場所でもある、テルアビブ大学卒業のエリート歯科医でパレスチナ系クリスチャン。

民族的迫害に、迫害を持って応えずむしろユダヤ系のイスラエル人とも平和を生み出す活動をしている方。

自分が置かれた状況・運命を受け入れ、そのなかで自分に何が求められてるのかを考え続けてきた、

その結果自分はとても強くなれて感謝している、という言葉には重みがあり、彼からは優しさのオーラがにじみ出ていました。

 

そこからインタビューを終え、一枚。

 

Jamilさんのインタビューは近日公開予定ですので乞うご期待!

 

そんな、お腹いっぱいの感じですが、またしてももう一件、イスラエル北部の街ハイファでインタビューを控えていた僕たちは車で北上。

もう全体的に押しまくりで、こっちの出発した時間が当初の約束の待ち合わせ時間だったのですが、ハイファの大学で留学中のまさひろさんも快く待っていてくれました。

この日はただただ人に助けられました。

 

世界でもトップクラスの大学で、日本人が少ないイスラエルという地で単身学びながら見た景色を、ばっちりインタビューしてきました!

こちらの動画もぜひお待ちください!

つづく

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です