世界一周50日目〜クレタ人の心と誇り、独立戦争の遺跡ーアルカディ修道院

クレタ人へインタビュー

こんにちは。トモミです。

 
この日は念願叶ってクレタ島生まれ&育ちの生粋のクレタ人にインタビューをすることに。
几帳面な彼は時間ぴったりに登場。良かった…(ハニアでT-シャツ屋さんにすっぽかしにあったので不安でした…)
 
アカデミックで几帳面なニコスさんはギリシャ危機についても丁寧に話をしてくれました。
私たちが滞在中に感じた通り、ギリシャ人は不真面目で働いていないから経済危機になったという世界的イメージと実際は異なり政治的理由とヨーロッパ内での格差問題が影響をしているようです。
首都アテネや第二の都市テサロニキとは全く異なるクレタ人のアイデンティティー。
ミノア文明を歴史に持ち、ヨーロッパの発祥地である誇りを持ち、様々な侵略にあいながらも自分たちの守るべきものを守り通したという誇りを持つ、独自性を感じました。
特に男性は気持ちを表情に表さないことが美徳としていて、少し昔の日本人男児を彷彿させるものがあったり
本当に彼にインタビューができて良かったです。
 
インタビューについてはYoutubeで後日アップ予定!お楽しみに!
 

 

最後のレシムノン街歩き

無事にインタビューを終え、レシムノンを離れる前に改めて街歩きに出かけることに。

“ハニアよりも圧倒的に小さいオールドベネチアンハーバーがある”と聞いていたものの、それらしきものを見ていなかった気がする二人。

改めて地図を頼りに向かってみることに。

 

ん…?あ、これ…?

前日にアルバニア人のフレディーさんにインタビューをした場所の目と鼻の先にあった所がまさにその場所でした!

かなりコンパクト!ハニアの1/10くらいではないでしょうか。

 

そしてそのハーバーの隣にあるビーチ。

あまりの透明度の高さにびっくり!

小魚も丸見え!

ベネチアンハーバーでも見えましたが少し濁っています。

でも、横浜から来た私たちにとってこの透明度は驚き!

お魚を観察するのが大好きなユウキくんは魚を追ってウロウロ…

こちらがビーチの全貌。町のすぐ近くにあるとは思えない透明度と美しさ。

すぐ近くにはボードウォークもあって南国感満載。

 

 

アルカディ修道院

町歩きを楽しんだ後は、クレタ人はもちろん、ギリシャ人の誇りでもあるアルカディ修道院へ。

 

移動中にまさかのヤギの軍団が。

道で日向ぼっこ中。なぜそこに。

ゆっくり車を動かしたら面倒くさそうにゆっくり移動してくれました(笑)

親子ヤギも。ごめんよ邪魔して…

この子たちは帰りも同じ場所にいて、どうやらお気に入りスポットだったようです。

そうこうしているうちにアルカディ修道院に到着!

思ったよりもかなり山奥にあって、人里から離れた場所にあります。

車が無かったらかなり大変な道のり。

 

さて、こちらの修道院。

何が有名かと言うとそこにはある歴史が。

15世紀からオスマン帝国支配下にあったギリシャの中で、本土が独立後も引き続き支配下にあり、最も支配されていた期間が長かったのがクレタ島。抑圧された生活を強いられて来た誇り高きクレタ人は反乱を起こします。

ただしオスマン帝国本土から続々送り込まれる何倍もの軍隊に押されて、最後に立て篭もったのがこの修道院。

小さな要塞のようなこの建物に最後の勇者たち、修道士、それぞれの家族が立て篭もり戦い続けます。

ちなみにこちらが入り口。お城っぽい。

 

中に入るとメインの礼拝堂が。

砲弾で削られた跡が残されています。

近づいてみると結構な大きさ。

全貌はこのような感じ。ロの字型に礼拝堂を囲むように部屋があり、まるで城壁のよう。

礼拝堂の隣には当時の戦いの痕跡が残る枯木が。

白い矢印の先に鉄球が刺さっていて、最後に発生した大火災で燃えた跡が。

ここで何名かの男性が殺害されたのだとか。

当時の戦いで亡くなった戦士たちの肖像画。聖職者が多かったのだとか。

そして、ここがこのアルカディ修道院を有名にさせた場所。

外で戦っていた男性達が次々に殺害され、ここに立て籠もっていた女性、子供、年長者の男性が最後の抵抗として

爆薬に火をかけて集団自決します。

ギリシャ独立戦争の際のスローガンでもある「自由か死か(Ελευθερία ή Θάνατος」を実行したものでした。

屋根が無いのはその時の爆破によって吹き飛んだから。

当時の様子を示すパネルが奥に展示されています。

「自由か死か(Ελευθερία ή Θάνατος)」の9音節を表すのがギリシャの国旗の9本の縞模様。

つまり、独立戦争に関わるこのような出来事はギリシャ人は必ず学ぶ歴史の一つなのでは無いでしょうか。

前日にレシムノン市内で見かけたモニュメントを思い起こすデザインでしたが、ギリシャ語なので下のモニュメントは関連性があるのかは謎です…(知っている人がいたら教えてください)

日本のひめゆりの塔を思い起こすような出来事ですが、

戦いに屈しず、しばらくしてから支配下から解放された後にその諦めなかった精神が記憶に残されているようです。

この事はヨーロッパ列強国にも大きな衝撃を与え、一気にクレタ解放に手を貸すきっかけになった、重要な歴史的事件とも言われています。

今はとても平和な空気が流れている修道院。

場所によっては戦いがあったことすらわからないほど。

この修道院は博物館も併設されていて、当時の修道院に保存されていた貴重な品やその後寄贈された品が展示されています。

オスマン帝国の兵士によって顔を削り取られたイコン画は当時の戦いの後に手が加えられたことがわかります。

戦いの歴史を学ぶのはいつも複雑な気持ちになりますが、

現在のギリシャ人は当時のオスマン帝国の圧政と現在のトルコを切り離して考えている印象が強いです。

バルカン半島では民族が入り混じり、様々な勢力によって統治され、出入りが激しかったこともありオスマン帝国からの独立が一つギリシャたるものを形作るきっかけとなっており、現在のトルコを敵対視すると言うよりも、過去のリーダー達が逞しく戦ったことを誇りに思うことを後世に伝えようとしているのかもしれないと思いました。(それをどう受け取るかはそれぞれだと思いますが…)

 

 

パライオカストロへ

インタビュー後に歴史も学び充実し、エネルギーも使い果てつつあったこの日。

そのまま移動をしてクレタ島最大の都市イラクリオンからほど近いパライオカストロの宿にチェックインすることに。

 

左上に飛び出ているのがパライオ城跡。今は土台だけが残されており、行くためには高速道路を勇敢にわたる必要があります(笑)

そして都市のすぐ側にも関わらず海が綺麗!!

さすがクレタ島。

着いてみたらグッと疲れが出てきてしまったので、イラクリオンへは向かわずにスーパーで食材調達をして宿でゆっくりすることに。

 

スーパーはいつも発見が多くて楽しい〜!

この日はまさかの枝ごと売り場に出ていたバナナ。

好きな房をその場で切り取って買えるシステム。フレッシュさが売り⁉

その夜はホストも共同キッチンで食事中だったので一緒に夕食を囲みながら日本のことや私たちのこと、

そして彼らのこれまでの人生(かなり興味深い…!)についてじっくり話し込みそのままインタビューのアポまで取ることに。

 

ずっと停滞していたインタビューがここから急加速!感謝です…!

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