世界一周51日目〜クレタ人のアイデンティティ、ミノア文明・クノッソス宮殿

クノッソス宮殿

 

こんにちは。トモミです。

 

この日はホストにもオススメされ、クレタ人の心にも刻まれているというミノア文明を体感できるクノッソス宮殿へ。

 

それらしきところに車を停め、Google mapの示す方に歩いてみるものの誰もそちらに向かっておらず…駐車場脇で人が並んでいたところでは?ということで戻ってみると…

ご覧の行列(笑)

 

ちなみに2つ列があるのですが右側が1つの窓口で対応中。

左側が2つの窓口で対応中。

そんな事は後ろで並んでいる時には気づくわけもなく、途中まで左側が先に進むことを不思議そうに眺めていました(笑)

思い切って列を変えてようやく窓口に到達。30分も待っていたことに。

 

ちなみに私たちが帰る頃の窓口はこんなにガラガラ(笑)

あれま。

料金は15€です

そしてギリシャ正教会のイースター前ということもあり2日後から変則的な営業時間!

そしてチケット売り場を通過して最初に飛び込んできたのがクジャク!

グェーグェーと白鳥の様な大きな鳴き声で威嚇してます(笑)

子供達は興味津々だけど怖がってる(笑)

いざ、クノッソス宮殿へ!

うわぁー!眩しい! 

目がやられる!

この日は快晴。とてつもなく天気が良く、白い石で作られた遺跡群は全力で光を跳ね返してきます。

 

サングラスを装着していざ!

こちらが全貌。

かなり広いです。ちなみにミノア文明はヨーロッパの起源ともなっている文明。別名クレタ文明。

紀元前2000年頃に地中海交易によって発展し建てられたのがこのクノッソス宮殿。クレタ島の文明がかなり初期から花開いたことを示すものでもあり、巨大迷路の様な建築物とも聞いていたので興味津々。

 

驚きつつ進んで行くと…おお!紀元前の建物とは思えない3階建の構造!

再現したものにはなりますが、実は4〜5階建くらいまであったのではないかと言われています。すごい技術…日本は縄文時代後期に当たり、竪穴式住居に住んでいた時代。

 

そして柱に塗られている鮮やかな赤!驚きの色合いでしたがエジプトとの交易で文化的影響もあったため、おそらく芸術にもその影響が出ている模様。

フレスコ画が再現されている箇所では…

おお!とても古代エジプトっぽい顔の描き方!

こちらも古代ギリシャ風

ただし、周りの紋様などがとても個性的。

色鮮やかで豊かな文明が花開いたミノア文明。

 

イルカも可愛らしく描かれていてとてもユニーク!

王様の部屋もスフィンクスっぽいキャラクターが席を挟んで向かい合う様に描かれています。

当時のスポーツ競技を描いたもの。

暴れ牛を乗り回して、最後に周りにいる仲間がキャッチするのだとか。ロデオですね。

ギリシャ神話のミノタウルスに関連していると言われているため、牛のフレスコ画も描かれています。

ダイナミック!

宮廷で仕えていた女性たちの絵

この猿の絵にはかなり描かれていますが、雲の様な形のカラフルな柄があちこちに描かれていて気になる…

 

建築構造もフレスコ画も驚くものばかり。

そしてなんと当時は地下水道システムも張り巡らされていたとのこと。

紀元前2,000年前とは思えない…

色々と圧倒され、暑さに負けそうになりつつ、石造りの遺跡からたまに流れてくる冷風に癒されつつ

しかし日照りに負けそうになりながら満喫した私たちは遺跡を後にすることに。

 

イラクリオン市内へ

 

この日に購入した遺跡の入場チケットには3日間有効なイラクリオン考古学博物館も含まれており、

とりあえず向かうことに。

 

しかし、軽い熱中症になりかけていた私たちは博物館で学び取れる自信が無く

日陰を選びつつ街を軽くぶらつくことに。

まずは中心となっているモロシーニの泉へ。

ベネチア統治時代に作られた泉でベネチアの象徴でもあるライオンの口から水が出ているのがポイント。

このライオンが特徴的なので現地の人も通称名、ライオンスクエアとこの周辺を呼んでいるとの事。

Eleftheriou Venizelou Squareというのが正式名称。(もはやカタカナにするのも大変)

この泉から港までメインストリートとなっているので下って行くと

ギリシャ正教会である聖テトス教会が。

12使徒パウロの弟子、テトスの頭蓋骨がこちらに納められているのだとか。

テトスはクレタ島最初の司祭だったとの事でとても重要な場所の一つだそうです。

礼拝中だったので私たちは外から眺めることに。

そしてギリシャ各地で驚くのが、桜っぽいお花があちこちに咲いていること!

ここイラクリオンでも綺麗に咲いている木を発見。日本に思いを馳せてしまいますね〜

このメインストリートにはお土産やさんも多く、クレタ名物のナイフなど色々売っています

羊飼いの杖も!ちなみに高速道路沿いでこの杖で羊飼いをしている人を数回見かけたので現在も使用されているデザインです。

こちらが要塞跡。

クレタ島各地で見られるベネチア時代の名残です。

ベネチアに行った後にもベネチアの影響が残る場所を訪問するので似たような形をみると”もしや…”と推測できるようになってきた私たち(笑)

道も広くて歩きやすいイラクリオン。

ただし疲れが溜まっている私たち。

お腹を満たしてから早々に戻って休むことに。

 

東ドイツからクレタ島へ移住

この日はクレタ島に移住されたガブリエラさんにインタビューをさせて頂けることになっていたので

しばし休憩してからインタビューをすることに。

 

彼女は父がクレタ出身、お母さんがドイツ出身のハーフで生まれ育ったのは東西が分断されていた頃の東ドイツ。

分断が決定された夜、わずか数時間で鉄格子が張り巡らされ、たまたまその夜異なる区域にいたために親子が別々になってしまい

10年後にようやく家族が再会できたのだとか。

壮絶な過去を持ちつつ、父親が建てて廃業してからはしばらく放置されていたホテルをリニューアルさせる夢を持ち続け

ようやく一部オープンすることができたそうです。

諦めずに自分が大切にしていることをベストタイミングで動けるまで備え続けて、

どんなに周りが不可能だと言ってもベストタイミングで動けたという確信を持っていた彼女は女手一つでリフォームを自力で始めます。

誰も想像していなかった形から新しい形を生み出す喜びを見出して、それで周りの人を幸せにしたい…

苦労を乗り越えたからこその生き方。インタビューについてはYoutubeで後日公開予定!お楽しみに。

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