世界一周80日目〜すごいぞカーディフ!ウェールズの首都

カーディフ城探検

こんばんは、ユウキです!

今日はウェールズの首都カーディフのそのまた中心地にそびえ立つカーディフ城に行って来ました!

このカーディフ城、さすがにウェールズの首都にあるだけあって、様々な人たちがブログなどで書いてます!

ということで、今回僕は基本情報にはあまり触れません。

(本当は書こうと思ってたけど僕よりももっと詳しく書いてる記事がありすぎてやる気無くしたので知りたい人はググってください。笑)

そのかわり、実際の感想を中心に興味を持ったことをひたすら書きたいと思います。

 

まず、第一印象から一言目。

ドラクエかよ!!

…というくらい、THE 城です。

 

しかし、中央にそびえ立つこれ、実は城の本体でもなければ、そもそもTHE 城という時代(中世)に建てられたものでもないんです。

城本体はこちら。

 

この城の最後の城主、ビュート伯爵という人はウェールズで度々名前が出てくる要チェック人物です。

特徴その1はかつて世界一のお金持ちであったということ。

 

特徴その2は19世紀と城主の割にはかなり最近の人であったにもかかわらずものすごい中世オタクで、結構資材を城再建に投入したこと。(公共事業として雇用増にも貢献)

 

特徴その3は、同じ匂いの仲間を見つけてしまったこと。

その人は建築家ウィリアム・バージェスといいます。

このウィリアムさんもビュートさんに負けじ劣らずの人で、建築へのものすごい知識と技術もさながら、細部までこだわりすぎてかならず予算をオーバーするという、パトロン(支援者)泣かせの建築家だったそうな。

そしてこの人ももれなく中世オタク。

“中世のためなら金ならいくらでも出すぜ!”的なビュートさんと、”金さえくれればいくらでも再現するぜ!”的なバージェスさんが出会うべきして出会ってしまったわけです。

そんなわけで、ここカーディフ城以外にも、度々、このコンビの名前を目にすることになります。

(注: 実際のビュートさんは寡黙で博識な人だったそうです。近代版のソロモン王みたいな人だったとか。)

 

そして、たぶん気になるであろう、“なんでそんなに金持ちになったの?”という質問ですが、実はウェールズはジブリの”天空の城ラピュタ”の冒頭のシーンの炭鉱のモデルになったと言われている、イギリスの産業革命を支えていた炭鉱都市だらけだったのです。

そして、このビュートさんもその炭鉱で儲けた一人でした。

まぁ、そこに資金投入するだけのお金が最初からあったからこその話ですが。

 

ちなみに僕は個人的に興味を持ってしまい、”城とは?”みたいな歴史の本を後日、別のお城で買ってしまいました。笑

 

この本の中の分類で、城の特徴ごとに初期・中期・後期(最盛期)と分けていましたが、このカーディフ城はその分類だと中期(中心にKeepと呼ばれる建物(日本の天守閣に近い)があり、城壁は一枚のみ)に分類されます。

 

そもそもいわゆる城(castle)というもの自体、ノルマン人発祥の言葉。

ブリテン島で初めて記録されたのが1051年だそうなので、この城が現在のカーディフ城の形の基盤になったのは少なくともその後。

ローマ時代からあった要塞跡をみなさんがイメージする”城”の形にしたのはこのノルマン人だと言われてます。

カーディフ城の発祥はもともとはローマ時代の要塞をベースに征服王ウィリアムの時代(後述。11世紀)にノルマン人が城にしたものを、さらに19世紀に先ほどのビュートさんが改築したそうです。

 

カーディフのみならずウェールズ、いやブリテン島全般的にそうですが、ケルト人→ローマ帝国→アングロサクソン人(ゲルマン系)→ノルマン人(フランス系)…と同じ土地に全然違う人たちが住み着いた歴史を持つのは、他のヨーロッパや中東と基本的に同じ構造。

事実上ずっと単一国家だった日本とは根本的に違うところです。

(帝国あるいは大きな勢力に侵略され公式に領地化されてないという意味で)

 

例えば、基本的に日本では”戦争”と聞いたら一般的に太平洋戦争=第二次大戦をイメージしますが、ヨーロッパやアメリカではそれよりも大きい数の死傷者が出てる戦争がいくつもあるわけです。

特に現代のヨーロッパ・中東の国々はほぼ一度は必ずローマ帝国、オスマン帝国など、かなり広範囲の帝国に侵略、吸収、解体された、という背景があるのでこの辺を抑えつつ結構ビッグピクチャーで見ないといまいちよくわかりません。

 

簡単に言うと、日本人は元寇くらいしか経験してない、ある日突然今まで見たこともない人たちが乗り込んできて、自分の国を乗っ取るために戦い始める、というのが度々あるわけです。

…たまったもんじゃないですよね。

 

このカーディフ城もその例にもれず、アングロサクソン人(サクソン人)の国だったイギリスに色々わけあってノルマンディー地方からたくさん貴族たち(後の城主たち)が来て、各地に城を建設していったわけです。

このカーディフ城もその一つ。

ちなみにこの時に出来たたくさんの城(初期は木造の簡易的な要塞、いわゆる “砦”だった)を拠点にガンガン、サクソン人を攻めて行き、ウィリアム1世(または征服王ウィリアム)の時代、11世紀にブリテン島は正式にノルマン人のものになります。

 

14世紀には”城”が北ヨーロッパでほぼ完成形になり、以後は日本の”合戦”みたいに野戦中心になっていきます。

この時から、ばかでかくて、移動できない”城”というものは戦場ではなく別の意味あいを持ち始めるようになります。

それが、いわゆる我々が知っている、ゴージャスな、”邸宅”としての城の性質です。

 

最後の城主、ビュート伯爵の時代は19世紀ですから、”戦場としての城”はおろか、そもそも”邸宅としての城”の価値というものも遥か昔に置き忘れ、城はただの、”街にある古臭い廃墟”に過ぎなかった時代でした。

しかし、だからこそ逆にロマンを感じるものがあったのでしょう。

僕にはなんとなくわかる気がします。

産業革命を目の当たりにして思う、妙な懐古主義は先日見てきたターナーの絵のそれと同じ。

ターナーは筆と絵の具を使って、もうオンボロになったテメレール号を綺麗な形に描き変え、記憶という形でj人々の心に刻み、残すことに成功しましたが、ビュート伯爵もまた、それに近い感情があったのかもしれません。

または、知ってはいるけど肌で感じたことはない、という空想の世界を現実に持ってくるロマンがあったのかもしれません。

そしてビュート伯爵はこの城に続き、いくつもの建築事業にパトロンとして着手することになります。

 

その中の一つに、まるでおとぎ話のお城を現代に再現したかのようなお城もあったりするのですが、それに触れるのはまた後日。

 

久々に、書きたいことだけ書いてすっきりしました。笑

とりあえず、ゴージャスなカーディフ城、頑張って写真とったので一応載せておきます。

(前述した通り、他のブログの方が詳しく書いてあったので英語のオーディオガイドを聞いたりして”へぇ〜!”と思ったところのみ)

 

まずはKeep(天守)の頂上。

 

ここに来るまでこんな階段をのぼってきます。

人が一人ギリギリ通れるくらいの広さ。

鎧とか着てたらきつそう…

 

上から見るとこんな感じ。

17世紀の内戦の後、ここをどう活用する?って話になり、城としての実用性もないし(屋上ないし)、テント張ってダンスホールにしない?という話になったんだとか。笑

 

そんな話を聞いたら中せの人?(というかオスマン帝国っぽい)が来たのでとりあえず写真撮っときました。笑

UKは観光地行くと、結構この手の人がいます。

 

続いてはいよいよ城本体。

 

内装を見た瞬間、世界一のお金持ちの家、というのも納得できます。

 

ディズニー初期の世界感?が半端ない。

 

結構ユニークな絵が書いてあったりします。

イソップ寓話をモチーフにしたりしてるのだとか。

 

こちらは図書館。

半端ない量です。

 

生前のビュート伯爵はとにかく勉強家だったみたいです。

なんと21カ国語話せたとか。

こちらは5つの古代言語の中に集結した知恵をかたどったオブジェ。

ギリシャ語、ヘブル語、アッシリア語、エジプトの象形文字…あとひとつは忘れました。笑

ラテン語だったかな?

 

ということで、カーディフからでした!

 

つづく

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