世界一周149日目〜悲しい歴史残るトリエステ:ミラマーレ城と絶滅収容所

こんにちは。

トモミです。

 

この日はトリエステの歴史に触れるために2箇所興味深い所に行って来ました。

悲劇の城:ミラマーレ城

 

前日に行ったビーチの先にそびえ立つミラマーレ城。

目の前にはやはり美しい海!

階段を登って行くと…

城の庭園に到着。

オーシャンビューの庭園!美しい…

そして建物も美しい…!

19世紀に建てられているため、これまで見て来た中世の城とは違い

新しさを感じます。

 

この城は、オーストリア領地だった時代

オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の弟マクシミリアンが建てたもの。

しかし、フランス皇帝ナポレオン3世の申し出を受けてメキシコ皇帝となることを決意。

 

せっかく建てた城を離れ

夫婦でメキシコへ出発!

 

しかし…統治がうまくいかずメキシコ渡航3年後に処刑されてしまいます。

失意の中、ミラマール城に戻って来た妻のシャルロッテ。

夫を失い、他国からの援助も受けることができず

精神異常となってしまいます…。

 

こんなにも美しい海と城があるのに…残念すぎる。

どれほど美しいものに囲まれていても、

心が満たされていなければ意味が無い

ということが改めて気付かされますね。

今ではフォトジェニックな場所として

こんな感じのナイスな写真を撮る観光客がたくさん(笑)

随所にこだわりを感じることのできるミラマーレ城。

 

悲しい歴史を持っていますが、夫婦がこだわって作った城はみんなに愛されているようです。

 

自然保護地区の隣にダイブ

 

さて、城を満喫した私たち。

この日もカンカン照りで汗だくになりながら坂を下って来たのですが…

 

目の前に広がるクリアな海にまた感動!

思わずここで泳いでしまいたくなったのですが、

自然保護地区で遊泳禁止の看板が。

 

諦めようかと思いつつ歩いていたら…

自然保護地区とプライベートビーチの狭間で泳ぐ人の姿が!

 

水着を持っていた私たちも紛れてダイブ!

遊泳禁止エリアはロープで区切られているのですが

その真隣で泳いでいるので透明度抜群。

 

半ヌーディストなおばさま方が何人かいたので写真は自粛…

ただし、探せば穴場な遊泳箇所が見つかるのは嬉しいですね〜

 

イタリア唯一の絶滅収容所

 

リジエーラ・ディ・サン・サッバ絶滅収容所

 

厳密にはイタリア唯一の死体焼却炉付きの収容所。

 

イスラエルでは時間が足りなくてホロコーストミュージアムに行けなかったこともあり、

一度は見て見たいと思っていた収容所。

一度はダイナマイトで破壊された収容所ですが

悲惨な歴史を後世に伝えるために修復。

 

観光地化するにあたって収容された人の気持ちを体感できるように

入口には11メートルもの高さを持つコンクリートの壁に挟まれた通路が。

”ただの取り調べだ”と言われて連れていかれた人は

心理的にはこんな壁に挟まれた気持ちになったのでは無いでしょうか…

 

第二次大戦中、ナチス・ドイツによる占領時代に使われた収容所。

焼却炉部分だけは壊されたままになっています。

ユダヤ系の人、反ファシズムの人など多くの人が収容されていたそうです。

この部屋にある小部屋は17個。

奥行きは1.2メートル、高さは2メートル。

 

こんな狭いところに最大で6人収容されていて

殺害の前に数日〜数ヶ月収容された場所だったそうです。

 

体験談によると

何も見えず真っ暗で、隣の人の話し声だけが聞こえたのだとか。

ただし、どちらかの部屋の人の声がある日から聞こえなくなる日があったり…と

精神的に追い詰められる環境だったようです。

 

恐ろしい…

元々は精米工場だった場所が

死の場所に。

こちらも収容所跡。

上層階の床は残っていませんが

かなりの人数が収容されていたそうです。

 

ナチスが撤退した後は冷戦時代の”鉄のカーテン”から逃れて来た難民を収容していたのだとか。

現在、ドイツの元強制収容所がシリアなどの難民収容所に転用しているのと似ていますね。

 

ちなみにこちらの収容所における犠牲者は”最低でも2,000人“。

恐らく4,000-5,000人の間だったのでは無いかとも言われています。

 

意外なことに、ここでの主な犠牲者はレジスタンス運動をしていた人

(イタリア人、スロベニア人、クロアチア人)とのこと。

 

ユダヤ人も犠牲となったそうですが、25人ほどと言われていて

ドイツやポーランドの絶滅収容所に送還されることに耐えきれなくなった人

収容所内で規則違反をした人に限られていたとのこと。

 

ユダヤ人以外にも多くの人が犠牲になっていたことも知ることができて驚きです…。

 

ただし、トリエステに住んでいたユダヤ人の数は…

両親ともにユダヤ人の”純粋ユダヤ人”は3,177人

片親がユダヤ人の“混合ユダヤ人”は2,226人

もいて、その多くがこの収容所経由でドイツやポーランドに送還されたことは事実。

もちろん多くの人が生きて帰って来れませんでした。

 

この事実を知るとただただ打ちひしがれてしまうのですが、

1976年にこの収容所で起きた犯罪(虐殺)についての裁判が行われます。

戦争も終わり、ドイツも政治的に大きく変貌を遂げた後のため

”無意味な裁判”と呼ばれたのだとか。

 

しかし、この裁判についての意味について述べられていた箇所が印象的でした。

 

この裁判は正義のためだけではなく、教育の問題です。

このような犯罪は忘れられるべきではない。

新たなファシズムについて考える人は正義が常に勝つことを知る必要があります。

たとえ正義の車輪がゆっくりと動くとしても

 

私たちがイスラエルでインタビューをした

ホロコーストミュージアム元副部長のミナさんも

平和を生み出すには教育が鍵となる

とおっしゃっていたことを思い出しました。

 

大虐殺について研究した上で

平和を生み出す活動をする決意をしたミナさんについては

ぜひYoutubeのインタビュー動画もご覧ください✨

 

つづく

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