世界一周172日目〜シベニクと4つの要塞

こんにちはユウキです!

 

今日は昨日のZlarin島での泳ぎまくった疲れが尾を引いて2人とも結構遅めの起床。

そのまま、誰ともなく溜まっていたブログや動画の編集、次の拠点探しなど、PCの前で作業モードに入ってしまい、気づいたら15時前。 (←大学生か)

 

そこからやっと“今日どうする?”というワードが出て来たのだから驚きです。

もうクロアチアの美しい街々を堪能し、昨日はありえないほど綺麗な海を味わった後だったので、2人とも結構満足状態。

 

“安いし、離島、もう一回行く?”

という贅沢な提案もあったのですが、結構疲労が溜まっていたのでそれはやめてゆる〜く過ごすことに。

 

シベニクの街で、ものすごく小さくてほとんど見落としてしまいそうなところに“戦争での勝利についての博物館”みたいな名前のところがあり、結構気になってネットで営業時間を調べて行ってみたのですが、やる気がないのか、全く営業している気配がありませんでした。

 

元ユーゴスラビアであり、旧オーストリア=ハンガリー帝国領でもあったという点で共通するスロベニアとほぼ同じタイミングで抜けたにもかかわらず、スロベニアと決定的に違ったのはクロアチアの方がはるかにゴタゴタが多かったということ。

 

セルビア人との戦いや虐殺など、政治的な問題も多い中で、どのような目線で歴史を語るのか気になったのですが、見ることができずに残念。

 

他にやることもないくらい小さな街を満喫してしまったので、4つあるうちの最後の要塞、バローネ要塞にも行ってみることに。

 

シベニクは階段の街としてもしられており、今まで来た街の中でダントツに階段が多いです。

要塞の道もずっとこんな感じ。

 

階段がないところはもれなく坂。

平らなところはほとんどありません

 

そしてもうひとつシベニクで有名なのが、猫の多さ

なんでも、数年前にネズミ対策で導入して、自然に増えたんだとか。

 

野良(半分、餌付けされてるけど)もたくさんいますが、飼い猫も多いです。

 

階段→坂→猫(順不同)…の道を抜けると、ようやく要塞が見えて来ます。

 

簡単に歴史を抑えると、当時、今の隣国のボスニアヘルツェゴビナあたりまで勢力を伸ばしていたオットマン(オスマン)帝国が、当時ベネチア共和国領だったギリシャのクレタ島に侵攻し、ベネチア共和国vsオスマンの正面衝突に発展していきます。

 

そんな中で、ベネチア共和国領だった現クロアチアのアドリア海沿いの街々も危機を感じます。

 

そしてこのダルマチア地方に派遣されたのがクリストフ伯爵という人物。

 

この人の活躍でこの地域にもともとあったものの改築も含めて4つの要塞がわずか2ヶ月で整備され、当時かなりの勢いを誇っていたオスマン帝国から見事この地域の守備に成功します。

 

この要塞はそんな伯爵(英語でBaron)の名をとってバローネ(Barone)要塞と呼ばれるようになったそうです。

 

そしてこの要塞、今でも地元民に大人気の理由は、4つの要塞の中でダントツの見晴らしのよさ!

 

先日訪れた要塞も含めてシベニクの街が一望できます!

一眼レフでこんな風に撮ってみると、本当に魔女の宅急便の世界そのものです!

 

要塞の中も結構、センスが良くて楽しめます。

砲弾箱がそのままベンチになってたり。

 

オーディオガイドはなぜか最新のVRだったのですが、早い時間限定らしく使えませんでした。

(ハイテクなのか不便なのかわからん笑)

 

そこから日が暮れるのを待ち、撮った一枚がこちら!

絶景です。

 

そこから歩いて帰った道も映画のワンシーンのよう。

 

シベニクが大好きになった僕たちでした!

 

つづく

 

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