世界一周179日目〜サラエボの戦い 青春を戦争で過ごしたボスニア人へのインタビュー

こんにちは。トモミです。

ブログの冒頭に注意事項だけお伝えしておきますね。

※ボスニア紛争関連の写真もアップしているので、流血の写真などが苦手な方はご注意ください。

 

サラエボ歴史博物館〜ボスニア紛争の歴史

サラエボと言えば第一次世界大戦が始まったきっかけとなったことや

ボスニア紛争で有名ですが…

 

そのボスニア紛争について学べるということでサラエボ歴史博物館に行ってきました。

 

ちなみにこの博物館も戦争で大きな被害を受けており、

いまだに銃弾の跡が残されています…。

入り口前の天井も穴だらけ…

主に紛争中に市民がどのような暮らしをしていたのかがわかるような展示内容。

中央にぶら下がっているのは段ボールに書かれた“スナイパーに注意”のサイン。

この博物館の前にある大通りが“スナイパー通り”と呼ばれていて

紛争中は周辺のビルに潜むスナイパーが

文字通り動くもの全て撃ち殺していたのだとか…

 

そのため、スナイパーが狙う通りの手前には市民が注意を促す看板をつけて

どうしても通りたい場合には撃たれないように全力でダッシュしたそうです。

今ではすっかり平和な雰囲気ですが、

地元民によると現在でも命が奪われることもあるそうです…。

 

原因は

実際に渡ってみると、青信号になってわずか2秒で点滅開始。(早っ!)

5回ほど点滅したと思ったら赤信号

この時点で普通に歩いていたら道路の4分の1までしか辿り着けません…。

 

っということで中央分離帯まで小走りが基本。

これでも人身事故があったことで点灯時間が長くなったというのだから驚き。

 

今はスナイパーではなく、車から逃れるために小走りする大通り。

ちなみに紛争当時は戦車に隠れつつ全力ダッシュをしていたそうです…。

 

スナイパー通り関連で切なかったのがこちらのエピソード。

戦場カメラマンが仲良くなった少年と雪玉を投げたり…

雪玉でリフティングテクニックを見せてくれたり…と楽しそうに過ごしていたのですが、

それから約一年後に

少年はスナイパー通りを横切ろうとした時

撃たれて亡くなったとのこと。

非武装の一般市民が巻き込まれた戦いであることが良くわかります…。

“この紛争でサラエボの子供達は最大の被害者である”と書かれていましたが、

楽しい幼少期を奪われ

成長に欠かせない食事が奪われ

教育も遊びも奪われた状況。

 

この少年のように殺された子供たちはデータ上では1620名。

怪我をした子供たちは約15,000名。

 

戦時中も学校が開かれていて、

地下室や階段と場所を移していたものの

“日常生活”という幻想の一部を担っていたとのこと。

 

しかし、そんな戦時中の学校も狙われて砲撃で命を落とした人もいるとのこと。

教室内にも、黒板にも生々しい血の跡が…。

そんな死と隣り合わせの中、

電気も水道もガスも絶たれた状況で生活をしていた市民たち。

 

逞しく生き延びていた市民たちに容赦無く砲弾が浴びせられます。

特に深刻だったのがパンの配給を待つ列に爆弾が落とされて多くの命が奪われたこと。

かなり酷い写真だったので流石に写真を撮れませんでした…。

どんどん過酷な生活となる中でも、サラエボの市民たちは

“できるだけ日常に近い生活を営むこと”を重視。

 

戦時中であっても、本を読み続け

特に驚きだったのが舞台などのイベントも行われていて

映画祭も実施していたこと…!!

1993年…思い切り戦争ど真ん中の時期です。

 

“生きる希望を断つ”というのが狙いだった戦い。

恐ろしいことに、家に乗り込んできた兵士が赤ん坊を取り上げて家族の前でオーブンに放り込んでいったり…

精神的ダメージを受けさせることが横行していたサラエボ。

 

だからこそ、生きる希望を持ち続け、日常生活の楽しみを断ち切らないように必死だったのかもしれません…。

 

中には、生き延びるために水道管など身の回りのもので武器を作って身を守った人もいるのだとか。

しかし、武器よりも平和を願った集会で対抗しようと

戦時中に平和集会も行うサラエボ市民。

 

スナイパーの狙撃が始まってしまい隠れざるを得なくなってしまいますが…

約4年間も、日々、死に直面しなくてはならなかったサラエボ市民。

命の危険を感じながらも生きる希望を失わないという方法で戦った市民。

 

たった23年前の話。

驚くことばかりです。

 

サラエボ ビフォー&アフター

さて、同じ博物館に

戦後すぐに撮影されたサラエボ市内の様子を

2011年に再撮影した写真展も実施されていました。

 

“戦後から現在はちっとも変わってなんかいない

何も発展していないし、全てが同じだ”と

撮影者本人も両親たちの世代もよく言うそうですが

 

写真を比較することで

15年間でも大きな変化があったことに気付かされたそうです。

これを撮影したジム・マーシャルさんがこの変化を見て思わされたのは…

“これらの写真はサラエボの将来は運命付けられたものではなく

形作られ、改善していくことができるものだと示している”

ということ。

まだまだ砲撃や銃撃の跡が残る建物もありますが、

主要な建物や観光地は大幅に修復や建て替えがなされて

パッと見では23年前まで銃弾が飛び交っていたことに気付かない場所もあるほど。

 

この写真展に含まれていたホテルの前も通ったのですが、

確かに、砲弾の傷が全くわからないほど美しく修復されていました。

政治的にまだ問題を多く抱えているボスニア。

 

サラエボ市民が将来に向けて希望を持ち続けるために、

このビフォーアフターの写真展は重要な役割を担っているかもしれないと感じました。

 

戦時中に青春を過ごした方へのインタビュー

ボスニア紛争について学んだ後、

サラエボで戦時中に青春を過ごした

サラエボ生まれ&育ちのイルヴァナさんにインタビューをすることに。

 

インタビューは後日Youtubeにアップ予定ですが、

前後の会話でもかなり濃い時間となったのでそちらをご紹介。

 

彼女はティーンの前半の時期を戦争で過ごしたそうですが、

戦争前までは友達がどの民族で何の宗教との繋がりがあって…

というバックグラウンドは全く気にしなかったそうです。

 

そもそもオスマン帝国時代や

オーストリア・ハンガリー帝国時代などを経て

様々な文化が混じっているのがサラエボの特徴

 

街を見てもわかるオーストリア・ハンガリー帝国時代の建物がある道や

オスマン時代の建物

 

文化も民族も混じり合っているのが特徴なのに、

それがある日突然、境界線が引かれて

敵対することになってしまった。

 

現在はひとまず戦いは終わったものの、

ボスニアの中にある“国境線”の存在

国内にいる3つの主要民族のリーダーたちが国のリーダーとしての決断をする体制など…

戦後の分断によって政治がうまく回っていないとのこと。

ちなみに、上の写真がボスニアの地図。

赤の地域がセルビア人が主体のスルプスカ共和国。

青の地域がクロアチア人とボシュニャク人が主体のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦。

 

3民族とも敵対し、戦った歴史があるのですが

最終的にこの形でひとまず落ち着いたようです。

 

ただし、学校の体制は戦時中から変わってしまい

主要な民族や宗教ごとで区分されるようになってしまったのだとか。

 

”本当に酷い話だけど、学校ですらも分断されて民族や宗教ってものを

やたら意識しなくちゃいけないの。

実際にそこまで信心深くなくても区分けされちゃって嫌になっちゃう。”

 

多様性が当たり前だったサラエボ。

戦前と戦後では大きく様変わりしてしまったようです。

 

そんなイルヴァナさん。

とても英語が流暢なのですが、英語を学ぶきっかけとなったのが戦争だったそうです。

 

戦時中に英語が堪能な友達に教えてもらい、

兵士と市民の通訳をしていたそうです。

 

学んだことをすぐに実践する必要があった環境だったことも影響しているそうですが、

彼女は外国語に対してこんなことを言っていたのが印象的でした。

 

うまく話せないことへの恥ずかしさは克服しないと言語は身につかないわ。

 

失敗しないと何が正しいのかわからないし、

 

失敗を恐れず実践するしかないわね。

 

彼女は戦後に奨学金を得てアメリカに半年間語学留学をしたそうですが、

カルチャーショックを味わいます。

 

プール付きの巨大な家に大型車。

とても豪華な生活に見えるのに、

シャワーの時間制限があったり

より多くの収入を得ようと、いつも仕事で忙しそうで余裕がないホストファミリー。

 

物質的に豊かではない戦後のボスニアからやってきた彼女にとっては

物質的な豊かさだけが正解ではない

と強く思わされた経験だったそうです。

 

家族との豊かな時間、生活に必要な分だけの収入が得られて喜びに感じる仕事

決して収入が多いとは言えないけれども、

この二つは大切にしたい、彼女の優先順位を強く感じました。

 

衝撃的なことが多く戸惑うばかりでしたが、

戦争に巻き込まれた市民が希望を持つために得た知恵を学ぶことのできた1日でした。

 

続く。

 

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