世界一周196日目〜アルバニア国立歴史博物館での意外な発見。そして…腹痛

こんにちは。トモミです。

 

地元から愛されるレストランZgara E Tirones 2

この日は地元の方に”安くて美味しい!”とオススメされたレストランで腹ごしらえ。

 

なんと日本国大使館のすぐそば!

予期していなかったので大使館を発見してビックリ!2017年に開館したばかりだそうです。

それまではイタリア大使館が兼任していたこともビックリ…!(対岸だけど遠くない?)

落ち着く雰囲気。

お店に入った時は空席もありましたが、この後あっという間に満席に!

 

サラリーマンがサクッとお昼を済ませる姿もありましたが、

平日の昼間にも関わらず

親戚(しかも結構年代が幅広くておじいちゃんからティーンまで)や友達で

ワインを飲みながら朗らかに盛り上がっていて

いい雰囲気。

グリルの店だったので、ハンバーグサイズのキョフテを注文。

 

炭火焼きの香りと肉の旨みを引き立てる爽やかな香りのスパイス。

そして日本のハンバーグと異なり、油がジュワーっと出るタイプではなく

肉の脂は抑えめで、肉の味を楽しめる一品。

 

美味しいー!!

バルカン半島やエーゲ海、南アジア周辺…と幅広い地域で愛されているキョフテ。

このお店はイスタンブールで食べた味に近いけれど、他の国(やお店)ではまた違った味わいなのでしょうか?

 

そして、お隣ギリシャの食文化の影響も強く

ザジキもありました!

ヨーグルトにニンニク、ミックススパイスと細かく刻んだキュウリ、そしてオリーブ。

パンにつけてもよし、直接食べてもよし…キュウリの食感とヨーグルトの爽やかさが肉料理に合う!

 

そしてお店からオススメされたのが

Tave Prizereni(うろ覚えですが…汗)という

ラザニア(イタリア料理)とムサカ(ギリシャ料理)の中間のような料理。

 

豆腐のような食感の塩分控えめなカッテージチーズのようなチーズがたっぷり入っていて

ほうれん草とやトマトソースも引き立ちます…✨

はじめてアルバニア料理を食べれて満足!

トルコ、ギリシャ、イタリアからの影響を受けてきたアルバニア。

料理を通してその影響を味わうことができたひと時でした。

 

国立歴史博物館

さて、ヨーロッパの北朝鮮とも呼ばれた時代を持つアルバニア。

鎖国政策や無宗教政策など気になる歴史が沢山…ということで国立歴史博物館で学ぶことに。

ちなみに、前日も訪れた博物館前のスカンデルベグ広場ですが

 

どうやら広場で垂れ流しされている水は時間帯によって

流れる方向が変わるようです…

そして吹き上がる場所も。

普通に人が行き来する広場なので突然足元から吹き上がったらビックリしそう…(笑)

そして、広場のアートで導入する前に街の水道インフラを改善した方がいいのでは…

と改めて感じてしまいます。

 

さて、博物館ですが入ってすぐは石器時代や古代ローマのエリア。

古代ローマ関連の展示はギリシャを始め各地でたっぷり見てきたので

ささっと通り過ぎようかと思ったら…

 

学芸員のおばさまと遭遇。

“あなたたち、どこから来たの?”

と嬉しそうに声をかけられたので話していたら

 

日本人は10年くらい前にはツアーでよく来てくれたけれども

最近はめっきり見かけなくなったとのこと。

ツアーで来るアジア人は中国人が中心だけど、それほど多いわけではないのだとか。

 

共産党時代に中国人が移住したり、交流があったとは聞いていましたが

思ったほど訪れているわけではないそうです。

 

彼女は片言の英語で話していたことを申し訳なさそうにしていましたが、

共産党時代に学んだ外国語といえばロシア語

アルバニア人が英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語を学ぶようになったのは最近のことなのだとか。

 

鎖国時代もあったので、その時代を経験している人にとっては

学ぶ外国語も変わってしまって大変だったのですね。

 

日本もある日突然、突然英語以外の外国語を学ぶように言われてしまったら大変なことになりそうですね…。

 

さて、なんだか物々しい展示もある上層階。

実は英語での説明がかなり限られていたのと、写真NGエリアがあったのであまり写真が撮れませんでした…

そして、様子がおかしいユウキくん…

広い館内の出口にしかないトイレに駆け込み、ひとまずスッキリ。

 

さて、その後の展示を見ていくと

社会主義時代に起きた大虐殺について取り上げられていました。

 

虐殺のシーンが映像で流れていて結構ショッキングな内容なのでこのアート作品だけご紹介。

 

“赤い道を歩く盲人”

20世紀は自由が否定され

人々の考えは自由を殺すイデオロギーにすり替えられた。

ファシスト、ナチスそして独裁制共産主義など。

 

人々をイデオロギーの外にあるものは全て

殺し、破壊、全滅させる

イデオロギーマシーンへと変えてしまった。

 

アルバニア人も同様に悲痛な経験をしており、

50年間も最も残忍な独裁制共産主義を味わうことになった。

 

反共産主義者は粛清された時代。

現在の北朝鮮が現役真っ只中ですが…

 

ここでは粛清された人々の服、写真がずらりと並んでいて

広大な土地で首吊り処刑や、背後から銃殺刑が執行されたそうです。

 

恐ろしいのが、次に殺される人が殺害現場を目の前で見ていること…。

完全にホロコーストと同様の状況ですね…。

しかも同民族間で実施しているかと思うと…。

 

この時代を知っている人にとっては複雑な思いが強いのではないでしょうか。

 

さて、ホロコーストはユダヤ人に対して実施された大虐殺のことですが

なんとアルバニア人は

ナチスからユダヤ人の居場所を聞き出された時に

命がけで守ったという歴史がありました。

なんと、あの有名なアルバート・アインシュタインも助けられた一人。

ドイツから逃れて来たアインシュタインはアルバニア国籍を取得しアメリカに亡命したのだとか。

 

アインシュタイン以外にもバルカン半島に住んでいたユダヤ人は虐殺を恐れてアルバニアに集まります。

ホロコーストの前には200名ほどしか住んでいなかったユダヤ人が10倍の2,000名に!

当時の王様、ゾグー1世も国の発展のために積極的にユダヤ人を受け入れることを決定。

 

戦時中にアルバニアは食料が少なく、ギリギリの生活だったそうですが

ユダヤ人をかくまい、食料を提供し、暴力を受けられて居場所を問われても口を割らず

アルバニア人の名前を与えて守ったそうです。

 

歴史の順番としてはユダヤ人を救出した第二次世界大戦の方が先で

その後に社会主義時代を経て、現在の共和国になったアルバニア。

 

自分を犠牲にしてまで外国人を守り、

自由を犠牲にしなければならなかった時代があって…

その他にも混乱が多かったアルバニア。

 

それにも関わらず外国人の私たちに対して

オープンで優しい対応をしてくれるアルバニア人。

 

“どんなに困難な状況でも人を助けることはできる”

イスラエルでのインタビューで聞いた言葉がよぎる…。

 

アルバニアについて歴史背景を学び

改めて考えさせられるのでした。

 

色々考えていたら…

ユウキくんにまた異変が…。

トイレに駆け込みしばらく出て来ません…。

出て来たら青い顔…。

 

どうやら疲れている中、外食が続いたのでお腹がギブアップしたようです…。

なんとか宿に辿り着いて体を休めるのでした。

 

つづく。

 

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