こんにちは。トモミです。

 

旅のルート

いよいよ再出発!

今回は以下のルートで巡る予定。

ヨーロッパと違ってほとんどフライトでの移動なので日程はほぼ確定版です。

 

ベトナム→カンボジア→マレーシア→オーストラリア(南部)

→ニュージーランド→オーストラリア(北部)→インドネシア→

マレーシア→ブルネイ→フィリピン→台湾→日本

 

東南アジア&オセアニアをぐるっと廻ります!

 

ベトナムの首都、ハノイへ!

さて、今回ベトナムは関西空港からの便が安く

大阪の友人にも会えそうだったので大阪経由でベトナムへ。

 

ベトナムに着いたのは真夜中…ですが宿泊先の友人が空港まで迎えに来てくれて

無事にチェックイン。

 

今回はベトナム人が親族で住んでいる建物の一角にお邪魔します。

増改築を繰り返して作られた建物。

私たちの部屋は屋上に増設されたと思われる部屋。

 

そしてそのまま倒れこむようにベッドに入って爆睡。

…夜明けを迎えてからいよいよハノイの街に繰り出して見ることに。

 

ローカルフードを堪能!

お腹が空いて起きた私たち。

そして窓を開けると聞こえるスクーターの音。そして大量のスクーター!

 

道端にもずらりと並ぶスクーター!

(こう見えて有料駐輪場。盗まれないように見張っていてくれるおじさまが近くにいる)

 

思わず目覚めてしまった私たちはお腹を満たすべく近所を歩いて見ると…

美味しそうなフォーが!

クリアな鶏がらスープとパクチーの爽やかな味わい。

美味しい!!!!

 

それなのに価格は驚きの150円!

 

スタートから好調です✨

ただし、道端に食べるスペースを設けているお店で

お風呂にあるような小さな椅子に座るので

バイクの排気ガスを感じながらの食事に。

 

ある意味ベトナムらしい体験(笑)

 

せっかくなので、この日いただいたローカルフードをまとめてご紹介!

 

ランチに頂いたのはブン・ダオ

二人前を頼んで出て来たのがこちら!

おお!ボリューミー!

白いのが、ブンと呼ばれる米麺を固めて切ったもの。

その他は揚げ春巻き、内臓系が詰まった腸詰、さつま揚げ、揚げ豆腐、素揚げチキン

そしてたっぷりのハーブとキュウリ。

 

これらを魚醤ベースのちょい辛つけ汁につけていただきます。

おいしーい!!

 

揚げ物とハーブを一緒に食べると爽やかに食べれるし

ブンも食べやすい!

 

夏バテした時でもスタミナがつきそうな食事。ペロリと頂いてしまいました!

 

そして最後は夕食にいただいた秋の名物料理。

おこわ!

もち米と豆で作ったおこわに

油分(ラードに近いもの)を薄くのせて

最後にたっぷりのフライドオニオン!

 

地元の人はそこにトッピングもしていたので私たちも角煮を追加注文。

おこわは独特の食感でホクホクしているけれど

油が口で溶けて滑らかに

そしてフライドオニオンのカリカリ!

 

烏龍茶の香りが特徴的な角煮を上にのせるとまた違った味わいで美味しい!

 

ハノイの秋の味覚もしっかり堪能したそんな初日グルメなのでした。

一食200円程度で食べれてしまうので、久しぶりにローカルフードを堪能できて感動!

 

大聖堂と…盆栽?

この日は初日なので街の全体像を見て回ったのですが、

旧市街の中心にはフランス統治時代の名残でもある大聖堂が。

ここだけ見るとヨーロッパに見えますね。

クリスマス用にツリーも準備中!

ただ、ヨーロッパの大聖堂と違ったのが…こちら。

盆栽がたくさん置いてあること!

しかもサイズがかなり大きい!

 

ベトナムでは盆栽はポピュラーで、この後も各地で見ることになるとは思っても見ませんでした…

 

中はまさにヨーロッパの世界。

アジアにいることを忘れてしまいます。

ステンドグラスも本格的。

完全にフランスのものが持ち込まれていることは明らかですね。

ベトナム戦争時をくぐり抜けて

これだけ大きな教会が形を残しているのは驚きです。

 

現在もミサが行われていて、現役の教会。

発展し続けるベトナムでどんな祈りが捧げられているのでしょうか?

 

収容所からヒルトンへ

中心部に残る歴史を学べる場所、ホアロー捕虜収容所にも行って来ました。

 

フランス統治時代に反仏分子とされた人を収容する場所として作られた収容所。

フランスによる厳しい統治で苦しんでいた当時のベトナム人。

独立を勝ち取ろうと、反仏活動が活発化するに連れて捕虜となる人も増え

どんどん拡大して行った収容所。

 

最大で2000人以上が収容されていたそうです。

 

現在見学できるのはその一部。

多くの部分はベトナム戦争後に取り壊し、商業用の場所へと生まれ変わっています。

 

残された場所も当時の様子がリアルに感じられる展示なのですが…

部屋に入っていきなりこんな感じなので結構びっくりします。

 

壁の色は精神的撹乱を起こさせる黒とグレーのツートンカラー。

囚人の足は鉄製のバーで固定されていて

初期の収容所では部屋の真ん中に穴が空いていてそこがトイレだったのだとか。

 

とにかく戦闘意欲を無くすための設備。

それでも反抗する囚人は独房へ。

 

再現された部屋は写真で見ても怖いのでここでは省略しますが…

集団収容所と違い、頭の方が低くなっていて

寝ていると頭に血がのぼるようにできている独房。

 

もちろん拷問もひどく、(想像を絶する内容でした…)

ギロチンで首を落とされて生首を晒された人もいたのだとか。

 

そんな状況でも諦めずに脱獄をした人も!

下水道の入り口をこじ開けて這い出たのだとか…

収容中にやせ細ったからこそ脱獄できるという…

そんな暗い歴史を持つ収容所ですが、ベトナム戦争時には違った形で使われることに。

 

その名も、ハノイ・ヒルトン。

収容所がヒルトンに!?っと驚いてしまうのですが…

 

ベトナム戦争中にハノイを空爆していたアメリカ。

しかし、戦闘機が撃ち落とされてアメリカ兵は戦争捕虜としてここに連れてこられます。

 

捕虜となっている間の状況については諸説あるそうですが、

ここではアメリカ兵を最高にもてなしたことが紹介されていました。

 

自国の文化を尊重してクリスマスを祝ったり

教会の礼拝に参加もできたり…

解放時には全員に革のカバンと靴、そして服を提供し

ベトナムのお土産も持たせたのだとか

収容所とは思えない、スポーツを楽しむ様子も映像で紹介されていて

かなり驚きました。

 

北ベトナムがこのようにもてなした理由ですが、

”自分がこれまで撃ち殺して来た民族が

どのような文化を持ち、人間なのかがわかれば

2度と同じことを繰り返さないであろう”

と考え、あえて最善のもてなしをしたのだとか。

 

戦意を失わせるという意味ではどちらも(フランス統治時代、ベトナム戦争中)

収容所としての役割は同じでしたが、

その後の関係回復につながる対応が存在していたことに

ただただ驚いてしまいました。

 

最後にそれぞれ解放された捕虜の再会シーンを見て

戦争が終わる喜びを感じたミュージアムなのでした。

 

 

ハノイ市民憩いの場。ホアンキエム湖

休憩も兼ねて、収容所のすぐ近くにある市民の憩いの場に行って見ることに。

旧市街の中心部にある、排気ガスから逃れられる貴重な場所。

空気が白いのは湿気。でもここなら少し涼めます。

 

少し歩いていると、気になる職人さんが。

竹の串を加工して作品製作中!

丁寧な仕事ぶりに感心して見ていたら、

片言の英語で”こうやって作るんだよ!”と見せてくれたおじさま。

 

小型のナイフだけで器用に竹を削ったら…お花の出来上がり!

最後には最高に良い笑顔を見せてくれました✨

すでに初日で人の活気を全身で感じるハノイ。

明日も楽しみ!!

 

つづく。

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