世界一周236日目〜ベトナム戦争の傷跡

こんにちはユウキです。

今日はホーチミンのベトナム戦争博物館を見学して来たレポートです。

残虐な写真なども出て来ますので、自己判断でお読みください。

 

そもそも、ベトナム戦争ってどんなもの?

という方には、こちらのサイトがわかりやすく解説しています。

https://honcierge.jp/articles/shelf_story/4522

 

もう少し詳しく知りたいという方にはこちらの本がおすすめです。

 

さて、まずは朝、もはや日課となったバインミー(ベトナム風サンドイッチ)を片手に博物館へ向かいます。

入場料は40000ドン(約200円)です。

 

 

入場してすぐ、左手にあるのはなんと日本語の展示。

このゼッケンを来て実際に8年間通勤した日本人がいる、というのはご存知でしょうか?

 

詳しく知りたい方は書籍を読んで見るといいかもしれません。

 

ベトナムの戦争なのになんで日本が関係あるの?

と思う方もいるかもしれませんが、実はベトナムを空爆したアメリカのB52は沖縄の基地から飛び立っていたのです。

沖縄本島の北部やんばる地方はベトナムの熱帯雨林と環境が近いことから、特別な訓練場になったりもしました。

沖縄だけでなく、新宿でも毒ガスを運搬していた車両が事故を起こすなど、当時の人にとっては身近な問題でした。

 

平成生まれの僕にとって戦争は遠いもので、〇〇vsXXのような単純な構図で見てしまいがちなのですが、ベトナム戦争は様々な国や組織が複雑に絡み合っているのです。

例えば、北ベトナム vs 南ベトナム、という内戦の顔もあれば、それぞれを支持する共産勢力(ソ連・中国など) vs 民主主義勢力(主にアメリカ)という顔もあります。

さらには、ソ連と中国も途中で仲違いしたり、アメリカの中でも戦争を支持する政権 vs 反対する世論だったり、様々な戦いがありました。

なので、単純に勧善懲悪の構図でどっちが「いいもの」でどっちが「わるもの」という見方で見ることはできません。

おそらく、当時を知る人に話を聞いても、どの視点から見たかでかなり意見が違うでしょう。

ここでは、その様々な顔に焦点を当てて書いていこうと思います。

 

日本人の視点は最初に書きましたので、次はとあるアメリカ人の視点。

これは、ベトナムに行きの司令に抗議している写真。

届いた司令状を燃やしています。

 

こちらはB52(戦闘機)のパイロットが搭乗拒否したという新聞の記事。

 

これを見て、すべてのアメリカ人がベトナム戦争に対して肯定的ではなかったことがわかります。

 

次はアメリカの呼びかけで召集された第3国軍の被害数。

韓国、タイ、オーストラリア、フィリピン、ニュージーランドから合計数万人の兵士が集められ、そのうち最低でも5000人の犠牲が出ています。

これらの国のおかげでアメリカとしては「米軍」ではなく「連合軍」という体裁を保つことができ、「アメリカの利益のためではなく、国際秩序のために(みんなのために)」という大義名分を得られたわけですが、そのために犠牲になった人たちのことを思うといたたまれません。

 

ちなみにソ連・中国側の支援は主に経済的なものや軍事的な訓練などだったため、死者の数はほとんどありません。

 

最後に、ベトナムでの被害です。

主戦場と化したため、ものすごい数の被害者が出ており、それは第二次大戦中の日本のそれをはるかに上回ります

 

ざっと数字だけ並べても、戦死傷者300万人、民間人は400万人、行方不明30万人、枯葉剤被害者100万人、精神病600万人、難民は1000万人(東京都の人口とほぼ同じ)…これは全て第二次のみの数字なので、フランスからの独立戦争(第一次)から数えたら天文学的な数字になります。

 

期間としても、第一次の1945から終戦の1975までの30年という長い期間があり、爆弾投下量も1400万トン以上(日本が戦時中に投下されたのは原爆をのぞき16.4万トンなので90倍近く。)。

 

その中でも、最も世界中の注目が集まったのは「枯葉剤」の使用でした。

ジャングルに隠れるゲリラ殲滅というのが表向きの目的でしたが、実際にはゲリラ以外に大量の民間人が被害にあい、日本でいう被爆者に近い状態になりました。

その名の通り、植物を枯らす薬剤ですが、人体に対しては猛毒で、枯れた森を歩くだけで汚染されます。

 

その結果、多数の奇形児が生まれ、それは時に遺伝的に発生しており、現在のベトナムでの深刻な問題となっています。

日本の原爆投下から約15-20年後に、今度はベトナム人が同様の苦しみを味わっているのです。

 

こちらは有名になったベトちゃん・ドクちゃん

(詳しくはこちら)

 

博物館の最後の部屋にも、奇形児の方(と言うのは適切な言い方ではないと思いますが)が書いた絵の展示がありました。

今でも、平和への活動を続けられている方も多数いるようです。

 

博物館の外には当時使われた飛行機が展示されています。

痛々しい気持ちになる反面、こういったものが後世にしっかり残されているのはとても大事なことだと思います。

日本には原爆ドームなどはあっても、自国から仕掛けた戦争の資料を残した博物館などがないため歴史を見誤る危険性があると思います。

そして、そういうことをむしろ積極的に隠蔽しようとする政治家がいることにも嫌悪感が隠せません(巣鴨プリズン→サンシャインシティなど)。

 

さて、皆さんはこのベトナム戦争をどう捉えますか?

「もう終わってしまった、過去のお話」「遠い国で起こった、自分のには関係のないこと」そう思っても仕方ないと思うし、僕自身もそう思っていたので、そういう方の意見自体を否定はしません。

 

しかし、僕は、現在でも「ベトナム戦争は形を変え、世界各地で起こっている」と考えます。

 

紛争が絶えない地域には必ず、内戦だけではなく背後にそれを支援する強国同士の利益獲得の狙いがあります。

そして実質的に強国の属国と化した国(日本とか)の政府はそれを支援せざるを得ない、けれど民衆がそれに気付いた時には反発があるので必死に隠そうとする…(芸能人のゴシップ報道を不必要なまでに繰り返し報道するとか)。

 

いつの時代も為政者と民衆は相容れないものなのかもしれません。

しかし、僕は民間でもできることがあると思います。

 

まずは、知ること。

そして、新しい何かを知った時に相手を思いやる余裕を持つこと。

そのために、自分のことで手一杯にならないように日々忙殺されないこと。

 

そこから始めてもいいのではないでしょうか?

誰しもがNPOやボランティアで直接的な関わりを持たなくても、「誰かの思惑通りに動かされないこと」を気をつければ、無知のまま間違った方向に協力してしまうことは避けることができます。

 

日本にもたくさんのベトナム人が労働者として来ていますが、彼らの痛みを理解して、優しくしてあげようと思った人が少しでもいたなら、そんなことでも、今日僕がこの記事を書いた価値はあったのかな、と思います。

 

つづく

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