世界一周253日目〜シドニーでカレークリスマス

メリークリスマス!! ユウキです。

 

皆さんに祝福がありますように。

 

今日からシドニー編

 

そもそも結婚してから、一度も日本でクリスマスを過ごしたことがない僕たちだが、今回のクリスマスもいろんな意味で特殊だった。

 

まず、クリスマスに飛行機に乗ったこと

 

クリスマスは、欧米の文化では特に一大イベントなので、誰も乗りたがらない

そのため、この日だけピンポイントで航空券が安くなるのである。

(イスラムや仏教の国はあまり関係ないことが多い)

 

欧米のクリスマスの過ごし方は日本の大晦日/お正月と似ている。

 

早めに帰省して、クリスマスは家族でゆっくり過ごす。

そして、クリスマスの後は、割とすぐ、自宅に戻り、平常運行にシフトする。

大晦日/お正月は、カウントダウンのイベントなどもあるが、日本のように「家族で集まる」という習慣はない。

加えて、日本のように「大晦日ギリギリまで仕事」というようなことはないので、だいたいの人がクリスマスを迎える数日前から帰省して、装飾や料理の準備を始めているのだ。

 

そんなわけで、飛行機もガラガラ

 

機内アナウンスで「メリークリスマス」と一言あったが、それ以上は特に何も起こらない。

「本当に今日がクリスマスなんだろうか?」と疑うほど、日常感がすごい。

 

シドニー空港に無事に到着し、驚いたのが、配車サービスの多さ。

 

日本はシェアリングエコノミー後進国として悪評高いが、オーストラリアはこの点に関しては素晴らしい。

UBERでこの日の宿まで向かう。

 

今回のAirbnbは、シドニー郊外にある、コンドミニアムの一室で、周りはこんな感じ。

 

常夏。

 

気温30度超えのクリスマスは人生初。

 

クリスマスといえば、モミの木のイメージがあるが、ここではヤシの木だ。

 

移動の疲れが溜まっていたので、この日は軽く外で食事でもしてのんびり過ごそう。

…と思ったら、

 

どこも空いてねぇ!!!

 

店という店が、気持ちいいくらい全て閉まっている。

 

「休み」は「休み」。

ブラック企業を中心に「休まない」のが普通の感覚になってしまっている日本と比較すると、一瞬「不便」と感じてしまうのだが、本来はこれが正解なのだ。

 

仕方ないので、唯一空いていた、近所の商店でコメとカレー粉を買い、宿でカレーを作ることにした。

(しかも日本のバーモントカレー)

 

この商店は中国人夫婦が経営していて、僕たちはいつも通り、当たり前のように中国語で対応された。

日本人だとわかると、「なんでわざわざクリスマスにカレー粉買いに来たの」と不思議がられたのだが、その答えは、むしろ僕たち自身も知らない。

 

しかし、彼らのおかげで、今日のご飯にありつくことができた。

 

ところで、最近各国で中国人が散々ディスられているので、彼らについて少し書きたいと思う。

 

僕は彼らはたくましくて素敵な人たちだと思う。

 

例えば日本人が、新天地で新しく商売を始めるとしよう。

ほとんどの人が「大丈夫なの?」とか、「現地に知り合いいるの?」とか、「言語話せるの?」とか、何かしらの心配をするだろう。

それは、裏返せば、その商売がうまくいく「保証」となりうるものがあるのかどうか確認する行為であり、もっと言えば、その「保証」となる要素が少なければ少ないほど、「うまくいかない可能性が高い」と判断する材料だろう。

 

しかし、中国人は違う。

彼らは、単身だったり家族だったり、少数単位でやって来て、単純労働や簡易的な商店を「とりあえず始める」

そして、商売がうまくいくかどうかは、上述した「保証」ではなく、自身の努力や情熱だと言わんばかりに凄まじく働くのである。

 

実際に見て、話を聞くと、「そりゃ、コネがなくとも成功するわ」と思うくらい、働き者だ。

そういう親を見て育つ子供は、親を尊敬する。先祖崇拝の文化があるのも、納得できる。

 

中国、もしくは中国人の話をすると、現代中国 (中華人民共和国) のことを考えてしまう人が多いが、現政権の歴史はまだ70年そこそこと短く、それ以前に培われた中国人古来の気質と混同して考えることはできない

 

旅での肌感覚では、中国、もしくは中国人の話題になると、9:1くらいで悪口になるが、そういう時に僕は必ず中国人のフォローをする。

すると、僕が「親中」のような目線で見られるのだが、決してそういうわけでもない。

 

中国が国として、多くの訝しげなことをやっているのも知っているし、マナー問題や環境破壊など、多くの人が中国を批判する理由もわかる。

 

しかし、ただ単純に、その「批判」が、建設的な「平和」に繋がっているとは思えないのだ。

 

マナーの悪い中国人の話や、暴力、環境破壊などばかりがメディアで取り上げられるには、政治的な理由があり、逆に「良い」ニュースはほとんど取り上げられない

そのため、あたかも中国全土や、中国人全員が、ニュースで取り上げられるような人たちというイメージを持ってしまいがちだが、実際には全員がそうであるはずがない。

 

十人十色、という言葉があるが、中国は13.8億人いるのだから、13.8億色あるのだ。

 

そもそも、中国は巨大な国土を持つ多民族国家で、「中国人」という定義すら誤解を招く表現の一つだ。

(例えば、ウイグルやチベットの人たちは、国際社会の国籍上では「中国人」だが、当人にそういう認識はない)

 

僕の友人の中国人は、日本人より礼儀が正しく聡明な人もたくさんいる。

もちろん、反対に、「中国人がみんないい人」と言う気もさらさらない

実際に嫌な経験をしたことだってある。

 

日本でも中国でも、世界のどの国でも、「いい人もいれば悪い人もいる」という当たり前のことが、なぜ中国とか北朝鮮の時にだけ適用されないのか、フェアじゃない気がするだけだ。

 

結局、「◯◯人」という色眼鏡自体、不要であり、「自分 対 目の前の相手」という個人的な関係が大事なのではないか。

 

「◯◯人」と称する際は、多少の国民性や地域性はその人の性格に反映されるだろうが、その人を構成するひとつの要素に過ぎない。

 

クリスマスという機会に、「平和」について考え、祈ってみた。

 

やっぱり、偏見や争いがない世界が一番だ。

 

それを国全体や、地球規模ですぐ実現するのは難しいかもしれないが、目の前の人との間に「平和」を生み出すことは、今この瞬間から出来ることなのだ。

 

本来のクリスマスというのは、キリストが神と人類の和解のためにこの地に生まれたことを祝う日である。

そういう日に、和解について考えてみてもいいんじゃないか、と思う。

 

そんなクリスマスでした。

 

つづく

 

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